2012年に配布した「ひらきけん通信 第2号」から、記事をピックアップして紹介します。
新プロジェクト始動!
科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業「CREST」において、研究課題名「ペダゴジカル・マシン:教え教えられる人工物の発達認知科学的基盤」(研究代表者:開一夫)が採択されました。研究室にとっては今後数年の研究計画に関わる大きなニュースらしいのですが、難しい言葉が多すぎて何のことやらよくわからない編集者が、開先生にインタビュー(という名の雑談)を敢行しました。
– まず、「CREST」とは何でしょうか?
開:科学技術振興機構という独立行政法人が行っている研究助成事業のひとつです。特に社会的なニーズの高い、規模の大きな研究プロジェクトに対して助成している事業です。
– 課題名にある「ペダゴジカル・マシン」とは?
開:元々「ペダゴジー(pedagogy)」という言葉は、ギリシャ語で「こども」を意味する「paidos」と、「導く」という意味の「ago」を合わせた「paidagogike」に由来しています。それが転じて英語では「教育学」を意味するようになりました。なので「ペダゴジカル・マシン」を直訳すると「教育的な機械」ということになります。聞き慣れないのは当然で、私が作った言葉です。言いづらいかもしれませんが、結構気に入ってます(笑)。
– 教師ロボットのようなイメージですか?
開:ロボットだけではなくて、コンピュータ上のCG キャラクターなども含めた人工物全般を想定しています。それに人工物が生徒役になる場合もあると思います。他人に教えることで、教えた側の知識がより深まることもありますよね。それで“教え教えられる人工物”と副題にいれました。
– もうひとつ副題に含まれている「発達科学的基盤」とはどういう意味でしょうか?
開:発達科学の知見を元にした、ペダゴジカル・マシンの設計理論といった意味合いです。
– 具体的にはどのような知見があるのでしょうか?
開:私たち人間には、生まれてすぐの段階から持っている「教え教えられる能力」があります。これは他の動物には見られない、人間固有の能力なんです。例えば、人間に最も近い動物であるチンパンジーでさえ、子どもに直接何かを教えることはしません。でも、人間の親は違いますよね。地域や人種を問わず、親は子どもに物の名前や使い方を教えるものです。これは「教え教えられること」が、人間の社会における知識や文化の継承に必要不可欠なことを意味しています。
– 人間には「教え教えられる能力」が生まれつき備わっているということですか?
開:生まれつきかどうかはまだわかりませんが、少なくともかなり初期の段階から、教えられることに敏感であることがわかっています。例えば私たち大人が子どもに何かを教えるとき、自然と普段より高い声でゆっくりと話したり、指差しを多用したりしますよね。最近の研究によって、こういった大人からのシグナルに、赤ちゃんはとても敏感であることがわかっています。
– その能力のお陰で、「教えたい」大人と、「教わりたい」赤ちゃんのコミュニケーションがスムーズにできるわけですね。
開:その通り! 世界的な発達科学の研究者であり、私の友人でもあるガーゴ(注:中央ヨーロッパ大学のガーガリー・チブラ教授)は、この能力のことを「ナチュラル・ペダゴジー」と呼んでいます。ペダゴジカル・マシンという言葉もそれにちなんでいます。
– 今までの教育用ソフトウェアと、今回のペダゴジカル・マシンは何が違うのでしょうか?
開:最大の違いは、ナチュラル・ペダゴジーを考慮して作られるという点だと思います。確かにこれまでにも教育支援用のソフトはたくさん開発されてきましたが、そのほとんどは科学的な証拠に基づいて作られたとは言えません。それらに対し、人間本来の「教え教えられる能力」を生かせるように、ちゃんと科学的な根拠に基づいたものを作ろうじゃないか、というのが今回のプロジェクトの発端です。
– どのようにプロジェクトを進めていくのでしょうか?
開:まずは私たちの得意とする心理実験や脳計測実験で、先ほど話したナチュラル・ペダゴジーの特性を見つけ出し、整理していきます。それと平行して、ペダゴジカル・マシンの原型をいくつか創ります。そして、次の段階ではそれを実際の学習場面で使ってみて、問題点をあぶり出します。赤ちゃんやお子さんにペダゴジカル・マシンの審査員になってもらうわけです。そうやって理論と実践を繰り返すことで、より洗練されたペダゴジカル・マシンの設計図を作り上げていきます。私たちの研究室の他に、東京工業大学、東京学芸大学、慶應義塾大学、株式会社アニモとの共同研究になります。赤ちゃん研究、ロボット研究、教育研究など、それぞれの得意分野を生かした多角的で有意義な研究ができるのではないかと期待しています。
– 具体的にはどのような利用場面を想定しているのでしょうか?
開:わかりやすいところでは言葉の学習です。私たちは赤ちゃんの頃から他人の視線に敏感なのですが、例えば、教える側と教わる側の視線がどれだけ合うかで、教わった言葉の覚えやすさに違いが出るかもしれません。だとすると、視線を合わせる機能を持った人工物の方が、そうでないものよりも教えるのがうまいということになります。今までそんなことを真剣に考えて作られた教育支援ソフトはないと思います。この研究を進めていけば、将来的には学習障害児の支援などにも繋がるのではないかと思っています。
– 最後に、「ひらきけん通信」の読者の皆様にメッセージをお願いします。
開:これまでは主に1歳未満の赤ちゃんを中心として研究を進めてまいりましたが、CRESTのプロジェクトでは、少し大きくなられたお子さま(注:2歳〜小学生低学年)についてもご協力をお願いしております。赤ちゃん時代に一度研究室においでくださった皆様も、再度ご協力いただければと思っております。この研究を通して、素晴らしいペダゴジカル・マシンが開発できることを夢見ています。是非とも皆様のご協力をお願いいたします!
赤ちゃんの好きな話し方
皆さんが赤ちゃんに話しかけるとき、自然と声は高くなり、抑揚が豊かでゆっくりとした話し方になると思います。このような話し方をマザリーズといい、赤ちゃんは普通の話し方よりもマザリーズの方を好むことが知られています。成人と10〜11ヵ月の赤ちゃんを対象に、音の高さや長さを人工的に変化させたマザリーズを聞かせたところ、大人よりも赤ちゃんの方が、声のわずかな変化に敏感であることが明らかとなりました。この結果は、マザリーズが赤ちゃんにとって重要な情報源である可能性を示しています。(AF)
ホルモンが親子の絆を強くする?
オキシトシンという体内物質をご存じでしょうか。オキシトシンは母乳が出るのを促すほか、様々な養育行動と関わっていて、親子の絆を表すホルモンとも言われています。私たちは、子どもがいない男性のオキシトシン濃度と、赤ちゃんに対する印象の関係性を調べてみました。その結果、オキシトシン濃度が高い男性ほど、赤ちゃんに対して良い印象を持っていないことが明らかとなりました。一見意外に思える結果になりましたが、もしかするとオキシトシンは自分の子どもに対してのみ絆を強くする効果があるのかもしれません。(HH)
ひらき研究室では他にも沢山の研究を行っています.よろしければこちらのページもご覧ください.