テレビゲームが脳に与える影響

松田 剛

 皆さんも「テレビゲームばかりしていると暴力的な性格になる」とか「人とうまくコミュニケーションできなくなる」といった話を一度は耳にしたことがあると思います。そんな風に何かと悪者にされがちなテレビゲームですが、実はこれらの俗説に対する科学的な証拠はほとんど見つかっていないことをご存じでしたか? テレビゲームが一般家庭に普及し始めてから既に20年が経とうとしているのに、テレビゲームが我々の精神や発達に与える影響はほとんどわかっていないのが現状なのです。これは非常に危惧すべき問題です。

 そこで私の研究では、この問題に脳科学の視点から迫っていきます。私たちの心を形成し、私たちの性格や行動を支配しているのは他でもないです。テレビゲームをしているときに、私たちの脳でどのような変化が起きているのかを調べることは、テレビゲームが私たちのあらゆる側面に与える影響を知るためにはとても効率的な方法なのです。

 具体的には近赤外線分光法という計測法を用いて、テレビゲームをしているときの大脳皮質の血流の変化を調べます(詳しくは"近赤外分光法(NIRS)を用いた脳活動計測"を参照)。現在は数ある脳の部位の中でも、特に前頭前野と呼ばれる部位に注目しています。図1は私たちの脳を横から見たイラストです。図の左が顔側、右が後頭部側です。そして前頭前野とは赤い色で塗られた部位のことです。この部位はあらゆる動物の中で人間が最も発達している部位であり、感情や行動の抑制、複雑な運動の制御など、いわば人間の理性を司る領域とされています。私たちがテレビゲームをしているときに、この重要な部位では一体どのような変化が起きているのでしょうか。

図1 前頭前野
図1 前頭前野

 図2は成人が6種類のテレビゲームで遊んでいるときの前頭前野正中部(図1の点線で囲まれた領域)の活動変化を示したものです(n=11)。安静にしているときと比べてゲーム中に活動が強くなった部分が赤く、活動が弱くなった部分が青くなっています。緑は安静時と特に差がなかった部位です。この図を見ると、いずれのゲームで遊んでいるときも、前頭前野正中部の活動は安静時と比べて低下していることがわかります。またその傾向は、シューティングやリズムアクションなどの素早い操作を必要とするゲームの方が、サイコロパズルやオセロといったじっくり考えるタイプのゲームよりも強いこともわかります。この結果は、成人だけでなく子どもでも同様であることが判明しています。


テレビゲーム中の前頭前野の活動

図2 テレビゲーム中の前頭前野の活動変化

 「ああ、なんと恐ろしいことだ! ゲームをすると脳の大事な部分が活動しないなんて! これじゃまともな人格にならないのも当然だ!」 そう思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。ですがこの結果、すなわちゲーム中の脳活動のみからその結論を導き出すのは早計と言えます。

 実は前頭前野は、私たちが手慣れた作業をしているときにはあまり活動しない部位なのです。日常生活で何度も行う一連の作業(例えば車の運転やキーボードで日本語を入力するときなど)において、いちいち頭をフル回転させていては脳は疲れてしまいます。そこで脳は一度覚えてしまった作業に関しては、最小限の労力でそれを実現しようとします。つまり作業と関係のない余分な活動は抑え、作業を行うために必要な部位だけを使うようにします。

 テレビゲームにもそれが当てはまり、ゲームのルールや操作に慣れてくると、前頭前野はあまり活動しなくなると考えられます。実際に同じゲームを初めて遊ぶときと十分に練習してから遊んだときの前頭前野の活動を比べると、練習後の方が活動が低下することも判明しています。

 したがって本研究の結果は、テレビゲームという特殊なメディアによる特別な影響というよりも、ゲームのような慣れた作業をしているときの前頭前野の短期的な変化を捉えたに過ぎないのかもしれません。

 現時点において本研究によって判明したことは、(1)テレビゲームの種類によって脳の活動部位が異なること、(2)テレビゲームをしているときは前頭前野正中部の活動が低下すること、(3)そしてそれは一連の動作の学習に関連がありそうだということ、その3点のみです。それ以上のこともそれ以下のことも言えないのが現状です。脳科学によるテレビゲームへのアプローチはまだ始まったばかりです。今後もこうした地道な調査を進め、テレビゲームが私たちの脳に与える影響を丹念に見つけ出していくつもりです。少ないデータから結論を急ぐよりも、まずは実証的なデータの蓄積が大切ではないでしょうか。



【関連文献】

松田 剛 (2010) テレビゲーム中における前頭前野の活動変化とその要因. 体育の科学, 60(4), 228-232.

Matsuda, G., Hiraki, K. (2006) Sustained decrease in oxygenated hemoglobin during video games in the dorsal prefrontal cortex: A NIRS study of children. Neuroimage, 29, 706-711.

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